首相官邸ドローン落下事件

首相官邸ドローン落下事件


2015年4月22日に、千代田区永田町の首相官邸のヘリポートに黒塗りのドローンが侵入するという事件が起こりました。

この事件が日本でのドローンに対する法整備が具体的に動き始めるきっかけとなりました。今回はこの「首相官邸ドローン落下事件」についてまとめます。

事件の概要

2015年4月22日 事件発覚

2015年4月22日午前10時20分ごろ、首相官邸の屋上ヘリポートに、小型の無人飛行機(ドローン)が落下しているのを職員が見つけました。首相官邸ドローン落下事件の前からドローンは普及が始まっており、素晴らしい空撮が可能な高性能ドローンが誰でも手に入れることができる時代になっていました。そんな中で様々な企業・企業での活用や、趣味で空撮をするなど、ドローンへの注目が集まっており、法規制の必要性が検討されつつある中での事件でした。

発見されたドローンは直径約50センチで、小型カメラや長さ約10センチメートルのプラスチック容器が付いており、機体に放射線を示すマークと「RADIOACTIVE」の表記がされて、また、発煙筒のようなものが取り付けられていたとの情報が出ていました。

事件直後は、落下事故なのかテロ事件なのかも含めて、警視庁が捜査にあたっていました。政府高官は、ドローンについて何処のものかは不明で、危険性はないが、テロかどうか不明という旨の発言をしていました。

警視庁は同日、ドローンに取り付けられていたプラスチック製の容器付近から放射線のガンマ線が1時間当たり最大1.0マイクロシーベルト測定され、セシウム134と、核実験や原発事故で発生することが多いセシウム137であることを発表しました。
また、当初は「発煙筒のようなもの」とされていたものは、ドローンのバッテリーのケースである可能性が高いことが、判明しました(最終的には、緊急保安炎筒を遠隔操作で自動着火可能な状態に加工したものだった様です)。

2015年4月24日 犯人が警察署に自首

2015年4月24日夜8時過ぎ、犯人と思われる上下迷彩服姿の男性が福井県警の小浜警察署に自首し、威力業務妨害容疑で逮捕されました。男性はドローンのコントローラーと、ドローンに搭載していた容器に入れていたとみられる砂を所持していました。

男性は福井県小浜市在住の当時40歳の元自衛官、山本泰雄容疑者で、自首をする30分前の24日午後7時35分ごろ、インターネット掲示板「2ちゃんねる」(現在の5チャンネル)スレッドを立てていました。そこでは山本容疑者が「官邸サンタ」を名乗り、「反原発」の主張や事件の詳細を投稿したブログのアドレスなどを記載していました。そこでは警視庁しか知らない情報や、まだ明らかにできていない情報も記載されていました。

下で引用しているように、当日の様子なども書かれており、警視庁の捜査によって事件の全容が解明される前に、犯人によって明らかにされるという状況になりました。

その後の供述で、山本容疑者は、ドローンを飛行させたのはブログで書かれている通り2015年4月9日の午前3時半ごろで、プラスチック製容器の中に入れたのは「福島の砂100g」であると述べました。ドローンが発見されるまで14日ほどの時間が経過していたことになります。

ドローンを官邸へ飛ばた動機として、原発に関する政策への不満があり、反原発を訴えるため、今回の行為に及んだとしていました。

実際に、ブログ内では一匹狼型のテロリストを指す「ローンウルフ」と自称しており、原発の再稼働を止めるためには「テロをも辞さない」と強調し、グーグルマップを利用して原発への侵入経路を検討したり、以前から首相官邸へのドローン侵入を計画していたようです。2014年12月には、官邸まで行き、ドローン侵入計画を実施しようとして断念していました。

犯人から見た事件の全容(犯人 山本泰雄のブログ)

様々な報道で、首相官邸ドローン落下事件についての説明はありますが、最も流れが分かりやすいのが犯人である山本泰雄本人のブログのようにも思えます。現在ブログは非公開となっていますが、事件の全容を把握するのに大きく役立つと思いますので、ここでは犯人 山本泰雄のブログから一部引用して紹介します。

また、この画像はブログで紹介していた、犯行に用いられたと思われるドローンです。

官邸ドローン_山本容疑者のブログ

犯行に用いられたドローン(出典:犯人 山本泰雄のブログ(現在非公開))

実行日当日と前日の様子

事件の実行日(2015年4月9日)とその前日の様子が書かれているブログ記事です。

前日に計画を実行するための下見に訪れていることがわかります。当日は屋上のヘリポートまでコントロールしたわけではなく、ビル群の間でGPSをロストして、結果として首相官邸ヘリポートに着地したようです。

翌日帰宅後にニュースなどでの報道がなく、少し困惑をしていたようです。

(2015年)4/8
00:00 海老名SA
01:00 赤坂到着
人通りが途絶えるのを待つ
チャリンコ警官の巡回が1時間に1回くらい・・・通りを往復してるから2回通る
これとかち合ったら・・・もう仕方ない

03:00 人通りは途絶えた・・・でも雨とビル風が激しい・・・
04:00 天候が更に悪化・・・一旦赤坂離脱・・・
東名のSAで仮眠

4/9
01:00 港北PA到着・・・待機
03:00 港北PA出発
03:30 赤坂到着
昨日はほとんどいなかった客待ちタクシーがズラリ
雨の日はタクシー忙しいのか・・・今日は暇そう・・・邪魔・・・
離陸地点を通りから入った駐車場に変更・・・ビルの合間・・・電波が心配・・・
迷わず離陸・・・メンタル問題なし
GPS感度が悪くてビルスレスレで上昇
官邸上空・・・中庭・・・全く見えない・・・真っ暗・・・
官邸の輪郭すらつかめない
電気つけとけよ・・・節電か・・・じゃあ仕方ない・・・
HOMEを現在地に再設定する操作をするが設定できない・・・想像以上に電波が悪い
カメラ画像にノイズが乗る・・・
目標を官邸前庭に変更
前庭のライトめがけて下降・・・画像電波ロスト・・・
なぜかDJIアプリダウン・・・再立ち上げ
操縦用の電波は微妙に拾っててスティックを下降させ続ける
そのまま完全ロスト・・・
しばらく待つも戻らず・・・現場離脱

04:00 渋谷
10:45 小浜

帰宅後ニュースをみるが・・・何も報道ない・・・
第2の矢・・・行方不明・・・

犯行発覚後の様子

自身が操縦していたドローンが発見されたことについては、ヤフーニュースで認識したようです。

2週間放置されていたことへの驚きと、自身が問われる罪や、今後自首するかどうか迷っている様子が伺えます。

2015/04/22

ヤフーニュースで「官邸にドローン」
遅せーよ職員!てゆーか警備員じゃないのか・・・2週間放置て・・・
屋上てことはHOMEの切り替えができてたのか・・・いい子だ・・・

テレビつけたらミヤネ屋でもやってる
宮根氏は的確なコメント・・・同感・・・こんなもの法整備も困難・・・
ヤスプレイ(手前)は組み上がってたけど予備をマットブラックに塗装中だったので組み立てる
使わずじまいか・・・
工具を持つ手が震える・・・
犯罪者は自分の報道をこんな感じでみるのか・・・
平常心を保つのが難しい・・・

放射線も感知してくれたか・・・液体とか言ってるけど土だし・・・あとは声明文・・・
威力業務妨害になるのか・・・公務執行妨害とかはならないのか・・・
さて・・・どうするか・・・
選挙終わったから自首してもなぁ・・・

もともと、福井県知事選に合わせての計画であったのが、発見が遅れて計画が崩れてしまったことを嘆いています。

他にも、100グラムへのこだわりや、再度の犯行を行うかについても考えていた旨が書かれています。

2015/04/24

タイトル「第1の矢」に関してはフィクション
高浜町への汚染土の埋設はしてない
前に書いたけど官邸汚染土ドローンで報道を引き付けた後
自治体間の抗争を演出して官邸から福井知事選に注目を移動するための手段・・・
選挙後(4/12 20:00)にブログを予約更新して「第1の矢」のフィクションを明かす計画・・・
選挙とっくに終わって意味無くなった・・・
官邸を狙うときは2週間前に飛ばさないといけないのか・・・難しい・・・

現状福島の汚染土は持ち出し放題だから・・・脅迫はどこにでも通用する・・・
目に見えない放射線は風評だけでも充分・・・だから汚染土も必要もない・・・
官邸も守れない、汚染土も管理できない国が原発を・・・てのは多分マスコミが言ってくれるか・・・

ドローンに積んだ汚染土は99gでもなく101gでもなく100g
テロにセンスとかコダワリとかはタワゴトだけど・・・
使用した汚染土はこれが全て・・・ここが今の倫理のリミッター・・・
去年退職してからずっと大きな迷いの中・・・
前例ない道を1人で歩くのはシンドイ・・・
核の平和利用vsテロの平和利用・・・
再稼動の進行にあわせてリミッターを解除していけばイスラム国と変わらなくなる・・・
自分の無能さが悲しい・・・
官邸の警備も無能で悲しい・・・歴史が歪んだじゃないか・・・
ドローン1機で右往左往・・・証拠処分してしまえば捕まらないな・・・もう一回やるか・・・
警備を強化した官邸に更に汚染土積んだドローンを落として・・・
そんなことしても再稼動は止まらないしな・・・
でも面白そうだな・・・やるか・・・イヤ・・・やらない・・・
100gのままでいい・・・

発見が遅かったことで、犯人の狙いを阻止できましたが、官邸の警備体制の課題は浮き彫りになりました。

この事件の後、ドローンに関する法規制が急速に進みましたが、ドローンへの印象が悪くなり、消極的な方向での法整備になってしまった面もあるように思います。

裁判の判決

裁判

ドローンを総理大臣官邸屋上に落下させた本事件は、威力業務妨害と火薬類取締法違反が成立するかが争われました。

威力業務妨害と火薬類取締法違反がどのような罪であるかや、今回の事件で被告人山本泰雄のどのような行為が威力業務妨害と火薬類取締法違反の罪に当たるかを判決を参考にしながら簡潔に解説していきます。

火薬類取締法違反

「火薬類の製造」とは

今回の事件で適用される火薬類取締法の条文は、「許可を受けた者」以外による、「火薬類の製造」を禁止する4条と、4条違反の罰則を定めた54条です。また、関連する条文として3条があります。

ここでいう「火薬類の製造」とは何を意味するのでしょうか。

3条で「火薬類の製造(変形又は修理を含む。(略))」とされています。変形とは、火薬類の実質を変えることのない加工を指します。そのため、火薬類を一から作り出す場合だけではなく、火薬や爆発物などの化学的性質を変えることなく加工することも「製造」に含まれると解されます。

火薬類取締法3条

火薬類の製造(変形又は修理を含む。以下同じ。)の業を営もうとする者は、製造所ごとに、経済産業省令で定めるところにより、経済産業大臣の許可を受けなければならない。

火薬類取締法4条

火薬類の製造は、前条の許可を受けた者(以下「製造業者」という。)でなければ、することができない。但し、理化学上の実験、鳥獣の捕獲若しくは駆除、射的練習又は医療の用に供するため製造する火薬類で、経済産業省令で定める数量以下のものを製造する場合は、この限りでない。

火薬類取締法58条2号

次の各号の一に該当する者は、三年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
二 第四条の規定に違反した

火薬類取締法違反の疑いのある行為

被告人が、火薬類であるがん具煙火(火薬類取締法2条2項)に分類される緊急保安炎筒1本の着火部分にニクロム線を取り付けるなどして遠隔操作により電気点火が可能な状態に加工した行為が火薬類取締法違反の疑いがある行為とされました。

また、この緊急保安炎筒は、1本あたり約76グラムの火薬が使用されており伝火薬から発炎剤に炎が移ると温度約1000度くらいで5分程度燃焼するというものでした。

火薬類取締法違反にあたるか

上記の行為は、火薬類の化学的性質を変更しない加工であり、火薬類の変形にあたります。火薬類取締法では、変形も製造の1種でしたので、火薬類取締法4条で禁止する「火薬類の製造」に該当します。

このように、被告人は、3条の許可を受けていないにも関わらず、「火薬類の製造」を行っており、4条ただし書にもあたらないことから、火薬類取締法違反にあたります。

威力業務妨害罪

威力業務妨害が成立する要件

威力業務妨害罪は、「威力を用いて人の業務を妨害」すると成立する犯罪となります。名前そのままの内容ですが、「威力」「業務」「妨害」がそれぞれ何を指すとされているかをまとめます。

  • 「威力」→「被害者の自由意思を制圧するに足りる勢力」
  • 「業務」→「具体的個々の現実に執行している業務だけでなく、広く被害者の当該業務における地位に鑑み、その任として遂行すべき業務」
  • 「妨害」→「現に業務妨害の結果の発生を必要とせず、広く業務の経営を阻害する一切の行為」

刑法233条

虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて、人の信用を毀損し、又は業務を妨害した者は、三年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

刑法234条

威力を用いて人の業務を妨害した者も、前条の例による。

違反業務妨害の疑いのある行為

2015年4月9日午前3時40分頃、東京都港区の駐車場において、あらかじめ内部に放射性物質を含有する土砂を入れ放射性物質の存在を示す標識や文字が印刷されたシールを貼付した容器、緊急保安炎筒等を搭載したドローンを遠隔操作し、首相官邸の敷地内に降下させる操作をして屋上ヘリポートに落下させ、22日午前10時25分頃、これを発見した内閣官房内閣総務官室総理大臣官邸事務所庁舎管理担当所長補佐らに、警備担当者への連絡、発見時の状況説明等の対応を余儀なくさせて、事務作業の遂行を困難にした行為が、威力業務妨害にあたる疑いがある行為となっていました。

「威力」にあたるか

ドローンを落下される行為は、ある程度の高度から一定の重量を持つ物体を落下させる行為であり、人に身の危険を感じさせる行為です。

また、ドローン本体には放射性物質を表すマークと文字が入っていたり、また、ニクロム線が繋がれた緊急保安炎筒がついており、爆発物を思わせる外見をさせており、発見者に被爆と爆発の危険性を感じさせるものでした。

これは、発見した内閣官房内閣総務官室総理大臣官邸事務所庁舎管理担当所長補佐らに、テロなどの疑いを持たせるなどし、異常事態対応をするために、通常業務を中断せざるを得なくする行為で、自由意志を抑圧する「威力」にあたります。

「業務」にあたるか

威力業務妨害罪の「業務」には、強制力を行使する権力的公務は含まれないされていますが、今回は官邸事務所の庁舎管理や庶務などの事務であり、これらの職務が強制力を行使する権力的公務でないことは明らかで、事務作業は一般的に「業務」に含まれる内容であることも明らかですので、「業務」にあたります。

「妨害」にあたるか

「威力」にあたるかの検討部分と近い内容ではありますが、本件ドローンを発見した官邸職員が、被曝や爆発等を恐れ、通常業務を中断し異常事態への対応を必要とするおそれが非常に高く、官邸事務所の庁舎管理等の業務を阻害する行為といえますので、「妨害」に当たるといえます。

威力業務妨害の成否

ここまでで検討したように被告人の行為は「威力を用いて人の業務を妨害」するものといえます。

被告人は、放射線物質表示入りの容器を作成し緊急保安炎筒を改造してドローンに搭載しており、本件ドローンを官邸に落下させています。これがドローンを発見した官邸職員らの自由意思を制圧し、職務を妨害する危険があることは明らかで、被告人が騒ぎを起こすために本件行為に及んでいることからしても故意は認められます。

したがって、威力業務妨害罪が成立します。

量刑

威力業務妨害と火薬類取締法違反として、被告人を懲役2年、執行猶予4年と、ドローン1台と緊急保安炎筒2本を没収を言い渡しました。

判決理由は以下のような内容でした。

  • 首相官邸周辺の下見やドローンの飛行実験しており、緊急保安炎筒の改造、放射性物質を含有する土砂の採取などをした上で犯行に及んでいるという高い計画性
  • 人の生命や身体に及ぼす危険性が高かったとまではいえない
  • 官邸にドローンを墜落させる行為は模倣性が高く、一般予防の見地からも軽視できない
  • 動機は原発の再稼働を阻止するためとはいえ、合法的な政治的言論によるべきで、この動機に酌量すべき点は乏しい

このような事情から、本件は懲役刑を選択すべきと判断がされました。

これに加えて、前科がなく、自首をして素直に供述していることなどから、被告人には社会内で自力更生する機会を与えるのが相当と判断されて、4年間の執行猶予が付されました。

判決文全文

ここまで、判決の内容を解説しましたが、最後に参考として、東京地裁の平成28年2月16日判決の全文を引用します。原文は「,」ですが、読みやすさ重視で「、」に置き換えています。

判決文全文を開く

判示事項

原発再稼働阻止のためとして、発炎筒(緊急保安炎筒)を遠隔操作で自動着火可能な状態に加工し、放射性物質を含有する土砂を入れた容器と共に「ドローン」と称する小型無人飛行機に搭載し、ドローンを総理大臣官邸屋上に落下させたとする威力業務妨害、火薬類取締法違反被告事件。本件では、業務妨害罪の客体、威力該当性、業務妨害性、故意、違法性阻却事由の成否が争われた。裁判所は、本件犯行は高い計画性のもと、ドローンの落下により官邸職員の業務に支障をもたらすのみならず、身体に危害を加える危険もあったなどとして弁護人らの主張を退け、被告人の自首などを考慮して懲役2年、執行猶予4年を言渡した事例

主文

被告人を懲役2年に処する。
未決勾留日数中190日をその刑に算入する。
この裁判が確定した日から4年間その刑の執行を猶予する。
押収してある小型無人飛行機1台(平成27年押第138号符号1)および東京地方検察庁で保管中の緊急保安炎筒2本(平成27年東地領第6230号符号2および3)を没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第1 経済産業大臣の許可を受けず、かつ、法定の除外事由がないのに、平成27年3月下旬頃から同年4月7日頃までの間、福井県小浜市(以下略)被告人方において、火薬類である緊急保安炎筒1本の着火部分にニクロム線を取り付けるなどして遠隔操作により電気点火が可能な状態に変形し、もって火薬類を製造した。

第2 平成27年4月9日午前3時40分頃、東京都港区(以下略)□□第2駐車場において、あらかじめ内部に放射性物質を含有する土砂を入れ放射性物質の存在を示す標識および「RADIOACTIVE」の文字が印刷されたシールを貼付した容器、緊急保安炎筒等を搭載した「ドローン」と称する小型無人飛行機1台を遠隔操作し、これを同所から同都千代田区永田町2丁目3番1号所在の総理大臣官邸の上空まで飛行させた上、同官邸敷地内に降下させる操作をして同官邸屋上に落下させ、同月22日午前10時25分頃に至り、これを発見した内閣官房内閣総務官室総理大臣官邸事務所庁舎管理担当所長補佐Aらに、警備担当者への連絡、発見時の状況説明等の対応を余儀なくさせて、同人らの正常な庁舎維持管理業務等の遂行を困難にし、もって威力を用いて人の業務を妨害した。

(証拠の標目)

判示事実全部について

被告人の公判供述

証人A、同Bの各公判供述被告人の検察官調書8通(乙4ないし7、9[不同意部分を除く]、10ないし12)および警察官調書2通(乙2、3)

Cの検察官調書(甲38)

D(甲13)、E(甲40)の各警察官調書

取扱状況報告書(甲4)、実況見分調書(甲5)、検証調書(甲8)、写真撮影報告書2通(甲17、23)、捜査報告書2通(甲18、21)、機体等起動操作状況報告書(甲22)、証拠品写真撮影報告書(甲30)、導通試験結果報告書(甲33)、捜査関係事項照会回答2通(甲35、37)、品名および販売元特定捜査報告書(甲39)、鑑定嘱託書謄本2通(甲31、42)および鑑定書2通(甲32、43)

緊急保安炎筒2本(平成27年東地領第6230号符号2および3。甲46、47)、押収してある小型無人飛行機1台(平成27年押第138号符号1。甲51)

(争点に対する判断)

1 被告人は、公判廷において、緊急保安炎筒を加工した上、加工済みの緊急保安炎筒等を搭載した無人小型飛行機(以下「本件ドローン」という。)を総理大臣官邸に落下させたと供述し、これを受けて弁護人は、判示第1の事実について、被告人が緊急保安炎筒に加えた加工は、火薬類取締法に定める変形にあたらないから無罪である、判示第2の事実について、(1)公務は業務妨害罪の客体に含まれない、(2)威力を用いたといえない、(3)業務を妨害するものといえない、(4)被告人に威力業務妨害罪の故意が認められないとして、被告人は無罪である、仮に業務妨害罪が成立するとしても、当該行為は、平穏な態様による請願行為ないし表現の自由で保護される行為であるとして刑法35条の正当行為にあたり、被告人は無罪である旨主張する。

2 認定できる事実

関係各証拠によれば、次の事実が認められる。

ア 被告人は、平成27年3月下旬頃から同年4月7日頃までの間、被告人方において、キャップを外した緊急保安炎筒2本の着火部に、それぞれ、ニクロム線を取り付けるとともにリード線を用いてサーボやバッテリー等に接続させ、遠隔操作によりバッテリーから電気を供給しニクロム線を加熱することで着火部が発火するよう緊急保安炎筒を改造した。また、被告人は、福島県から採取した放射性物質を含有する土砂を茶色ボトルに入れ、放射能標識および放射能があることを意味する英語であるRADIOACTIVEの文字が印刷されたシールを貼付し、前記茶色ボトルと前記緊急保安炎筒2本を本件ドローンに搭載するとともに、「原発再稼働反対 官邸サンタ」と書かれた紙片を本件ドローンに貼付した。本件ドローンには、4枚のプロペラおよび4個のプロペラガードが取り付けられており、本件ドローンの縦横は51センチメートル、全高は20センチメートルであった。

イ 被告人は、平成27年4月9日午前3時40分頃、総理大臣官邸から約170メートル離れた東京都内の駐車場において、緊急保安炎筒の発火装置を作動させずに本件ドローンを遠隔操作し、総理大臣官邸敷地の上空まで飛行させ、本件ドローンが総理大臣官邸敷地上空に位置していることを確認した上、総理大臣官邸敷地内に降下させる操作をして総理大臣官邸屋上に落下させた。

ウ 本件ドローンが発見された際、本件ドローンの搭載物につながれたニクロム線やリード線はむき出しになっていた。前記緊急保安炎筒は、1本あたり約76グラムの火薬が使用され、伝火薬から発炎剤に炎が移ると温度約1000度くらいで5分から6分燃焼するというものであり、2本とも黒色に塗装されていた。

エ 官邸事務所の庁舎管理担当の所長補佐をしていたA(以下「A」という。)は、平成27年4月22日、庁舎管理業務の一環として保守点検の対象となる施設の習熟に努めるべく、官邸および公邸の視察を予定し、官邸の屋上を視察したところ、同日午前10時25分頃本件ドローンを発見した。Aは、通常の庁舎維持管理業務としての想定を超えると考え警備担当の職員に連絡し、予定していた視察を中止するとともに、上司である官邸事務所長に状況を説明して、警察官の事情聴取を受けるなどした。

オ 官邸事務所の庶務担当の所長補佐をしていたB(以下「B」という。)は、同日、年間の業務計画を策定するなどの通常業務に加え、内閣人事局に対して官邸事務所の業務説明等を予定していたが、本件ドローンが発見されたことにより、これらの業務を中止し、報道機関からの問い合わせに対する対応、国会議員に対する説明を行うなどした。

3 火薬類取締法違反の成否

火薬類取締法の目的は、火薬類による災害を防止し、公共の安全を確保することにあること(1条)に加え、火薬類の製造には許可を要するとされ(3条)、その許可にあたっては、製造施設の構造や方法等が技術上の基準に適合するものであることなどを基準と定めていること(7条)からすれば、火薬類取締法が経済産業大臣の許可を受けない火薬類の製造を禁止している趣旨は、火薬類が元来燃焼や爆発などの危険を有することから、国民の生命および身体を保護するため、国が定めた基準の下許可制をとることにより、火薬類を適切に取り扱うためである。これに加えて、変形が火薬類の製造の一類型と位置付けられている(3条)ことからすれば、変形とは火薬類の実質に変化を加えない加工をいい、かかる加工であれば加工の手段や程度を問わず、変形と認められると解される。

本件の緊急保安炎筒はがん具煙火(火薬類取締法2条2項、火薬類取締法施行規則1条の5第6号)に分類されるものであって火薬類(法2条1項3号ヘ)にあたり、被告人が行った改造は、当該緊急保安炎筒にニクロム線を取り付けるなどして遠隔操作によって発火できるようにするというものであって、火薬類の実質に変化を加えない加工にあたり、変形と認められる。

被告人は同法3条の許可を受けず、正当な理由なく火薬類を変形したものであって、火薬類取締法違反の事実が認められる。

4 威力業務妨害罪の成否

(1) 業務妨害罪の客体

業務妨害罪の客体には、強制力を行使する権力的公務は含まれないと解される(最高裁決定昭和62年3月12日刑集41巻2号140頁参照)ところ、本件において妨害の対象となった職務は、AやBら官邸職員が行う官邸事務所の庁舎管理や庶務などの事務であり、これらの職務が強制力を行使する権力的公務でないことは明らかであるから、Aらの業務は威力業務妨害罪の客体と認められる。

(2) 威力該当性

威力とは、人の自由意思を制圧するに足る勢力をいう(最高裁判決昭和28年1月30日刑集7巻1号128頁参照)。決して小さいとはいえない本件ドローンを一定の速度で落下させれば、それだけで発見者に対して、衝突の危険などを感じさせる。また、本件ドローンに搭載されていた容器には、放射性物質を含有する旨の表示があり、発見者に対して、当該容器に生命や身体に危険を与えるような高線量の放射性物質が在中していると誤解させ、被曝などの危険性を感じさせる。そして、本件ドローンに搭載されていた緊急保安炎筒は、そもそも一定時間にわたって高温の炎を出すものであって一度発火すれば周囲に引火するおそれがある上、一見して市販されているような緊急保安炎筒とわかるものではなく、ニクロム線などが取り付けられていたことからすれば、発見者に対して、本件ドローンに搭載されていた緊急保安炎筒が爆発物であると誤解させ、爆発などの危険性を感じさせる。さらに、これらの特徴を備えた本件ドローンを厳しい警備が敷かれ、我が国の行政執務の拠点である官邸に夜間落下させれば、発見した官邸職員に対して、何者かが政務に混乱や危害を加えるためにドローンを用いて被曝や発火爆発等を企図したとの印象を与え得る。このような印象を受けた官邸職員が、本件ドローンによる被曝や発火爆発等を恐れて、通常業務を中断し異常事態への対応を必要とするおそれは非常に高く、本件ドローンを官邸に落下させるという行為は、Aら官邸職員の自由意思を制圧するに足る勢力にあたるといえ、威力性を充足すると認められる。

弁護人は、緊急保安炎筒の電気点火装置の電源を入れなかったこと、ドローンを墜落させたわけではなく着陸させようとしていたこと、ドローンを着陸させた時間も深夜であり人のいない場所に着陸させたことなどから、威力性に該当しないと主張する。しかし、これらの事実をもってしても、先に述べた本件ドローンとその搭載物の特徴および落下の態様からすれば、威力該当性は否定されない。

(3) 業務妨害性

業務妨害罪においては、現に業務妨害の結果の発生を必要とせず、業務を妨害するに足りる行為が行われれば足りると解される(最高裁判決昭和28年1月30日刑集7巻1号128頁参照)。本件ドローンを官邸に落下させる行為は、(2)で述べたように、何者かが政務に混乱や危害を加えるためにドローンを用いて被曝や発火爆発等を企図したとの印象を与え、本件ドローンを発見した官邸職員が、本件ドローンによる被曝や発火爆発等を恐れて、通常業務を中断し異常事態への対応を必要とするおそれが非常に高いといえることからすれば、本件ドローンを官邸に落下させる行為がAら官邸職員による官邸事務所の庁舎管理等の業務を妨害するに足りる行為と認められることは明らかである。

なお、これに加え、庁舎管理業務の一環として官邸および公邸の視察を予定し、官邸の屋上を視察していたAは、本件ドローンの発見に伴い、予定していた視察を中止するなど通常業務を中断するとともに、上司である官邸事務所長に状況を説明して、警察官の事情聴取を受けるなど本件ドローンの落下に伴う異常事態への対応を迫られており、現に妨害の結果が生じている。また、庶務担当業務の一環として年間の業務計画を策定するなどの通常業務に加え、内閣人事局に対して官邸事務所の業務説明等を予定していたBも、本件ドローンの発見に伴い、これらの業務を中止し、報道機関からの問い合わせに対する対応、国会議員に対する説明を行うなど本件ドローンの落下に伴う異常事態への対応を迫られており、現に妨害の結果が発生している。

弁護人は、本件ドローンの発見に伴う処理や連絡は、まさにAらの業務なのであるから、業務を妨害する性質のものでないし、実際に官邸職員の意思を制圧したものでなくAらの自己判断に基づいて行われたものであると主張する。

しかし、本件ドローンの発見に伴う処理や連絡がAらの業務であったとしても、官邸職員が本来行う予定であった職務を中止ないし変更させて、本件ドローンへの対応という危機対応業務にあたらせる危険があったことからすれば、Aらの業務を妨害するものにあたるといえる。また、Aらはまさに本件ドローンが落下したことによって、自身の職務内容を変更して危機対応業務にあたることになったのだから、本件行為により当該官邸職員の自由意思が制圧されたといえる。

(4) 故意

被告人は、あらかじめ放射線物質表示入りの容器を作成し緊急保安炎筒を改造してこれらを本件ドローンに搭載した上、本件ドローンを官邸に落下させているから、当該行為が、本件ドローンを発見したAら官邸職員の自由意思を制圧するとともに、それらの職務を妨害する危険を有していたことを十分理解していたといえるのであって、故意も認められる。

弁護人は、

①被告人が本件ドローンを落下ではなく着陸させようとしていたこと、

②被告人は権力的公務を担う警察官などに本件ドローンを発見させる目的で本件ドローンを着陸させようとしており、本件ドローンの発見に伴う処理や連絡も当該職員の業務であるという認識を有していたこと、

③被告人に緊急保安炎筒を爆発物と誤解させる意図はなく、外形的にも緊急保安炎筒と一見してわかるような態様で搭載していたこと、

④被告人は本件ドローンの外からは見えない位置に「原発再稼働反対 官邸サンタ」の文字が貼られた紙片を裏返して貼り付けており、本件ドローンの発見者に紙片の存在も気付いてもらいたいとの意図を有していたのであって、発見者の自由意思を制圧する意思はなかったことから、

故意が認められないと主張する。しかし、被告人が本件ドローンを降下させる操作をし、本件ドローンに搭載されたカメラから見える映像が確認できなくなっても降下の操作を続けたことは被告人供述からも認められるところであって、被告人も本件ドローンが一定速度で官邸に落下することについては認識していたといえる。

また、被告人が本件ドローンを飛行させて落下させたのは、警備員や官邸の維持管理を担当する職員も含めた官邸職員全体に、本件ドローンに気付いてもらうとともに、騒ぎを起こしてもらうことで原発再稼働を阻止するためであって、

被告人に特段権力的公務のみを害する意思があったとは認められない。

そして、被告人には改造するなどした緊急保安炎筒を搭載して本件ドローンを降下させたという外形的事実についての認識はあり、緊急保安炎筒自体が威力性を有すること、爆発物と誤解しうる外見であったことは前記のとおりであって、故意は認められる。

これに加えて、紙片の存在に気付いてもらう行為は、自由意思を制圧する行為と両立しうる上、本件紙片の記載内容は、放射能標識等とあいまって、さらに自由意思を制圧する特徴を有しているのであるから、故意を認めるにあたって障害事由とならない。

5 違法性阻却事由の成否

弁護人は、本件ドローンを官邸に落下させる行為が、憲法上保障された、平穏な態様による請願行為(憲法16条)ないし表現の自由(憲法21条1項)で保護される行為であるとして正当行為(刑法35条)にあたり、違法性が阻却されると主張する。

請願行為は、方式や提出先など、具体的な手続が請願法によって定められており(請願法2条および3条)、請願行為もこれらの手続に則って行うことが憲法上予定されていると解されるところ、

本件ドローンを官邸に落下させる行為は、これらの手続に沿って請願するものでなく、むしろ官邸職員の自由意思を制圧するなどして請願者の意思を伝えるというものであって、請願権によって保護される正当行為とはいえず、その違法性は阻却されない。

また、憲法も表現の自由を絶対無制限に保障したものではなく、公共の福祉のため必要かつ合理的な制限を是認するものであって、その手段が他人の権利等の他の法益を不当に害するようなものは許されないというべきであるところ、

本件行為は先述のように官邸職員の自由意思を制圧して対応等を余儀なくさせる危険があるというものであって、路上で演説を行ったりビラを配布するなど代替的な表現手段があることにかんがみても、本件行為が社会通念上許されない態様であることは明らかである。

そうすると、本件ドローンを官邸に落下させる行為を処罰することは、表現の自由に対する必要かつ合理的な制限として憲法上是認されるものであって、当該行為は正当行為にあたるといえず、その違法性は阻却されない。

6 結論

以上によれば、被告人には、罪となるべき事実記載のとおり、火薬類取締法違反および威力業務妨害の各事実が優に認められる。弁護人の主張は採用できない。

(公訴棄却を求める申立てに対する判断)

弁護人は、本件公訴提起が平等原則(憲法14条)に違反する不平等起訴であることを理由に公訴棄却すべきと主張する。しかし、被告人に、上記のとおり火薬類取締法違反および威力業務妨害罪に該当する事実が認められること、違法性が阻却される事由もないことは明らかであって、本件公訴提起が起訴の裁量を逸脱していたという事実は何ら認められない。

(法令の適用)

罰条
判示第1の所為      火薬類取締法58条2号、4条
判示第2の所為      刑法234条

刑種の選択
判示第1および第2の各罪 いずれも所定刑中懲役刑を選択

併合罪の処理        刑法45条前段、47条本文、10条(犯情の重い判示第2の罪の刑に法定の加重)

未決勾留日数の算入     同法21条

執行猶予          同法25条1項

没収
緊急保安炎筒2本(平成27年東地領第6230号符号2および3)

同法19条1項1号、2項本文(判示第1の火薬類取締法違反の犯罪行為を組成したもので、犯人が所有するもの)
小型無人飛行機1台(平成27年押第138号符号1)

刑法19条1項2号、2項本文(判示第2の威力業務妨害の犯罪行為に供したもので、犯人が所有するもの)

(量刑の理由)

被告人は、あらかじめ着陸目標であった総理大臣官邸の状況を下見したり、ドローンの飛行実験を行ったりしたのみならず、緊急保安炎筒を遠隔操作により自動着火できるよう改造するとともに放射性物質を含有する土砂を採取しこれらをドローンに搭載して、本件威力業務妨害行為に及んだのであって、本件犯行には高い計画性が認められる。

用いられたドローンは小さくなく、発火の可能性がある緊急保安炎筒なども搭載されていたことからすれば、ドローンの落下によって、官邸職員の業務に支障をもたらすのみならず、その身体に危害を加える危険もあったといえる。

もっとも、搭載されていた緊急保安炎筒は市販されていたものであり被告人により施された改造も引火などの被害を拡大するものではなかったこと、土砂に含まれていた放射線量が人の生命に直ちに支障をもたらすものとまではいえないことからすれば、

人の生命や身体に及ぼす危険性が高かったとまではいえない。

本件威力業務妨害行為の結果、官邸職員は実際に異常事態への対応を迫られ、現に業務を妨害されたことに加え、総理大臣官邸に搭載物を積んだドローンを墜落させるという行為は模倣性が高いものであって、

一般予防の見地からもその結果は軽視できない。

これに加え、本件威力業務妨害行為に及んだ動機は、原発の再稼働を阻止するためというものであるが、

どのような主張であれ、合法的な政治的言論によるべきであることからすれば、その目的を達成するために本件犯行に及んだという動機に酌量すべき点は乏しいといえる。

これらの犯情に照らせば、本件は懲役刑を選択すべき事案といえる。

これに加え、被告人に前科がないこと、被告人が捜査機関に発覚する前に自首をし、その後事実関係については素直に供述していることなど、被告人に有利な情状事実が認められることに照らせば、被告人には社会内で自力更生する機会を与えるのが相当であると考え、主文掲記の刑に処した上、4年間執行猶予を付すこととした。

(求刑 懲役3年、主文同旨の没収)

平成28年2月16日
東京地方裁判所刑事第10部
裁判長裁判官  田邊三保子
裁判官  高森宣裕
裁判官  高田浩平